
公開日:2019年7月5日
更新日:2019年7月20日
前回までの記事はこちら。
ケンブリッジ大学に入学してから、約半年、修行のような長い冬に少し光が差してきた。好循環とはまさにこのことで、やる気が出るので、結果が出る。よりやる気が出る。周りからも邪魔をされない。居心地もいい。
それでも周りの実力は、世界レベルであることは変わりはない。日本にいた時よりも何事にも基本的な基準が高い。
お世話になっていた船井情報科学振興財団理事長 故・船井哲良氏もおっしゃっていたように「心頭滅却すれば火もまた涼し」とはまさにこのことあった。理不尽な嫌がらせを受けないのであれば、ただ高い目標に対して日々取り組むことなど、なんて事はなかった。船井情報科学振興財団PhD取得褒章式スピーチ
彼らは全体的にさっぱりしていて、何らかのスキルで「こいつできる!」と彼らから判断されると、手のひらを返したように英雄扱いを受ける。そうなれば、もう無意識レベルで馬鹿にされることも無視されることもない。嫌なこともなくなる。
「好きこそものの上手なれ」とはまさにこのことで、好きで取り組んでいれば自然と上達する。最初は修行だと思って端に座っていた水曜日のディナーが楽しみになっていた。用事がない限り必ず参加していた。
日々の会話もどんどんわかるようになってくると、彼らが普段から結構深い内容を話しているどころか、結構引用が多いことに気づく。日本でもこういうものが多いが、当然各国のものが存在する。要するに彼らの会話がわからないのは、英語の能力だけの問題ではなかったということである。
いわゆるこれが幅広い教養というやつなのだろう。これらも数年続けていると結構同じことの繰り返しがあり、役に立つことが多い。またこんなところで参考になると思い読んでいた古典やギリシャ神話の話が役に立つとは全く思っていなかった。話題に上がったものを検索してみたり、またKindleで原典を読んでみたり。仲のいい友達に「さっきのどういう意味?」と内々に聞いてみたりなど。この調べて原典を読んでみる習慣はいまだに続けている。古典読書の具体的な効用
ただケンブリッジ大学で時折使われているラテン語も練習してみたが全然ダメ。グレースのDeo Gratiasくらいか。
Before dinner
Oculi omnium in te aspiciunt et in te sperant, Deus. Tu das illis escam tempore opportuno. Aperis tu manus, et imples omne animal benedictione tua. Benedic nobis, Domine, et omnibus tuis donis, quae ex larga liberalitate tua sumpturi sumus, per Jesum Christum Dominum nostrum. Deus est caritas. Qui manet in caritate manet in Deo et Deus in illo. Sit Deus in nobis, et nos maneamus in illo.
https://www.jesus.cam.ac.uk/college/about-us/history/college-grace
このように毎日のように会話で鍛えられてくると、国際会議での会話の方が余裕になってくる。むしろ会話内容が分野で固定される傾向にあるので余計に話が楽である。国際会議で一番話しかけにくいのは日本人であった。
国際会議・国際学会で最も話しかけづらいのは、あまり発言しない日本人同士のグループだった話
会話の延長線上で、分かりやすく話すプレゼンについても、「分かりやすく話すとはなにか?」を追及していた。最終的には笑いを取りながら、低次元量子物理のスピンの効果についての発表を、分野外の人にわかりやすく説明することが出来るようになっていた。
最初は微妙であったが、最終的に、ケンブリッジ大学のアウトリーチプレゼン決勝大会に残ったり、ケンブリッジ大学代表プレゼンターとして、有名なホールで講演したり、在校生代表としてOB/OGへの講演を依頼され、ガーデンパーティ(年次園遊会)で講演した。この辺の効果もあり、ネイティブの方の発表に対して、テニュア審査のスライドへ修正やコメントを出すお願いが来るようになったり等など。
ケンブリッジ大学の卒業生OB/寄贈者園遊会(ガーデンパーティ)が凄かった話
入学当初、あんなに苦手であった、トラウマであった英語である。思えば遠くまで来たものである。
これも「どうやれば分かりやすく面白く話すことが出来るのか?」を追及する際に、広く関連分野する例えば認知心理学専攻の友達や俳優をやっている友人を国籍とわずカレッジバーに呼び出し、1回2時間ほど話を聞いたりしていた。
結局非常に具体的な戦略と戦術を数十ページのPDFにまとめて、関係者へ送っておいた。内容的には確かにそうなのだが、こんなことを言っている人は見たことがない。というコメントをもらっている。世阿弥「風姿花伝」のように、秘伝の書化みたいでも残ればいいな、と思っている。
これも「かへすがへすも初心忘るべからず。」改善は日々続き、未だに日々の改善を試みている。
コーフボールでも、最初はあまり歓迎されている感じではなかった。中には無視する人もいた。しかしながら、これも、私が結構上手いことがわかってくると、徐々に認められてくる。最終的に卒業直前ではチームの中心人物の一人となった。ボールをもって中心に立つ。
バーシティマッチ(オックスフォード・ケンブリッジ対抗戦)のMVPやインカレでの得点王で表彰されたりと、実績が出来たほか、プレイヤーが選ぶプレイヤーオブザイヤーと相互投票で純日本人の私が受賞してしまった。
こんな調子で、幼少期からの凝り性と探求心は未だに続いており、取り組んだことでは、なにかと表彰されたりが多くなった。数えたら表彰数が30を超えていた。日本人初は連発している。実際これも、記録のために説明として書いているが、日本人かどうかというのは正味どうでもよい。普段はそんなことは気にする機会すらない。もう自発的に気に掛けることもなくなった。メディアで紹介するにはその方がいいということで、調べる程度である。
フランスの哲学者ヴォルテールが言うように「立派にやり遂げたことに対する最大の報酬は、それをやり遂げたことそのものにある。」という表現がある。まさにそんな感じで、対外的な表彰自体に価値があるのではなく、真に大切なのは追求していくことである。まあ、対外的な説明には便利であるし、謝辞のスピーチをする機会にもなるので、半ば表彰コレクションのようになってしまった。
改善の余地は多々あり、反省の日々だが、多少は頭角を現すことはできたように思う。
これらの経験を通し、国際的な環境で認められる基本的なサイクルがなんとなくわかった。初対面では人種的な理由など諸々も含めて無視レベル(であることがおおい)。しかし一度実力を認められると一気に称賛の対象となる。場合によっては英雄扱いである。ここが今までのところと最も違う点だと感じている。日本で経験していたように、「出来るから、いじめられる」ということはない。jealousというのは「いいなー!」程度で、心からの恨みな感じはしない。
Graduate student awarded multiple awards for Korfball and research talks-Jesus College Cambridge
いったんこうなると、もう非常に楽だ。ほかの内容の話をしても、彼らの中では「強いHajime」のままである。これに付随して年齢国籍性別関係なく、様々な交流を持った。どんどん個人的な紹介をお互いにする。完全に好循環であった。
さらにここは大学であるため、毎年世界中からの新入生が入ってくる。その際にも、既に自分の「ホームフィールド」と化していて、アウェイな感じはしない。「彼がHajime。仲良くしといたほうがいいよ。」という紹介をいただいたこともある。関わってもしょうがないよく分からんアジア人、という扱いを受けることはもうなくなっていた。
それでも誰も知らない人々だけの環境だと、最初のころのように若干無視されている感があった。それでも「あら、またここから出発か。まあどうにでもなるだろう。」と余裕で構えられるようになっていた。同時に、入学当初のころの排他感は、英語能力だけのものではなかったことを再度、目の当たりにすることになった。
わかりやすいプレゼンコンテストに参加した際に、なんとネイティブを抑え最優秀賞を受賞し、カレッジマスターから表彰いただいた。受賞するだなんて全く思っておらず、その際には、自発的に即興で謝辞を述べた。
「3年前、入学した時のディナーでは、マスターの隣の席でした。その時は私は英語もうまく話せなかったことを、マスターも覚えていると思います。こういう場所で自発的に話すだなんて考えられませんでした。しかしながら大変ありがたいことに、特にこのカレッジのMCR(大学院生コミュニティ)で学ぶことが非常に多かったです。そのおかげで今回このような賞をいただくことが出来ました。よってこの賞は皆さんのおかげですし、みんなでいただいたものだと思います。本当にありがとうございました。」
この頃には「ここは私の居場所である。」心からそう感じていた。日々鍛錬し実力を発揮しても疎まれることはない。これ以上に居心地がいいことはなかった。
時折友人たちと先述のディズニーのヘラクレスの話をしたこともある。これに関して「え!私も昔同じこと思った。」という共感の話を国籍問わず耳にすることが多かった。
「私も昔から何やってもぶっちぎりだったことが多かった。でもケンブリッジに来たら怪物みたいなのばかりで私なんてふつう未満だった。ここは過ごしやすい。」
「何やっても孤独だったことが多いけど、ここではなんか似たような人が集まっているように感じる。過ごしやすい。」
「ここへきて、自分が天才ではないことがわかった。やっと普通の側になった。」
このようにケンブリッジを「私の場所」と感じている人は多いようである。
日本では「(主語が大きいが)外国だと、日本人は相手にされなくてつらい思いをする」という話はよく聞くし、上記のように最初のハードルが高いのは間違いではない。
しかし一方で「(これまた主語が大きいが)外国では、日本みたいな、である論・べき論や、出来すぎによる仲間外れのいじめ体質はないから、生きやすい」というのもある。特に年齢・国籍・性別に関係なく実力に忠実になりがちな傾向にあるので、日本でのけ者にされたような人にはいいと考えている。場合によっては日本の方が居心地が悪くなることもある。
喜んでいるのも束の間である。どんなに居心地がよかろうと、ここは大学である。卒業すれば出ていく必要がある。もっと長くいたい、と感じていたが、ついに私にも「私の居場所」から去る時がやってきた。またすべてを失ってしまったのだろうか。続きはこちら。