
目次
公開日:2018年9月16日
更新日:2022年5月31日
「つまらない発表は犯罪だ。たとえそれが3分であっても」
今となっては、こんなことを言いたくなってしまう程である。
しかしながら私も数年前までは、
「そもそも3分で研究発表?短い発表なら簡単でしょ?」
そう思っていた。
発表は短ければ短いほど難易度が下がる。短ければ準備する量も短い文少なくて済む。1時間以上の長い発表をやったこともあるから、短い発表なら、単純にその20分の1程度の労力だろう。
ところがこの「発表時間と難易度は比例する」という考えが、とんでもない間違いであることに気付くのには、時間はかからなかった。
ある日、ケンブリッジ大学内でのディナー後に行うイベントとして、「3分トークコンテスト」が行われた。
制限は、3分。スライド1枚。道具は使ってはいけない。以上。質問時間はない。
発表が始まる。分野はわいろの研究、国際法、画像工学、化学合成、その他バラバラ。中には自信満々に発表している人はいたが、正直なんだかよく分からなかった。「なんでそんなにうまくできないんだろう?」「俺の英語力のせいか?」とか思いながら、私は自分の番を待っていた。
そんな簡単な3分トークを、意気揚々と、私も「低次元量子物理のドーピング効果」について説明を試みた。
発表後、聴衆のなんとも言えない空気感、とりあえず作り笑顔の表情と、とりあえずの拍手を聞いた。
発表後の交流会で質問をすると、いろんな人が、詳細に説明をしてくれ、やっと辛うじて何を言わんとしているかがわかった。ということは、3分トークでは全く分かっていない状況であった。しかし、彼が研究が出来ないわけでは決してない。実績としてもむしろよく出来る部類だろう。要は、仕事ができる・研究ができるような人も、結構こういったアウトリーチのプレゼンは違うスキルが必要で難しいようである。
私の発表に対しても、
It was an interesting talk. (興味深い発表だった。)
これは、社交辞令で、実質的には「やばい全く意味わからなかったわ」「興味がないからもう説明しないでくれ」というイギリス英語である。
「そもそも、”量子(Quantum)”って何?」
「ドーピングって?違法じゃないの?」
「それで、その効果を調べて何につかえるの?」
「ていうかなんでそんなことやっているの?」
「数式とかΣとか見たら、見るのが辛くなってきた」
等々、思いもよらないような質問が、山のように出てきた。
質問から、私は簡単だと思っていただなんて口が裂けても言えず、耳を熱くし、ささくさと席に戻った。(幸いにして他の人の発表も軒並み分からなかった、というのが不幸中の幸いである。)
私は、こういう発表は難しいのだな、とは思いつつも、その際は、正直なところ他のだれの発表も分からなかったことを考えると、「むしろうまくできる人なんて居ないんじゃない?」
「さすがに物事を知らなすぎないか?」と聞き手のせいにすることもできた。ディナー後の話の後、そんなことを考えていた。
ただ一方で、最後の方で、「がん細胞」の発表をした人が、物凄く分かりやすく、最初から最後まで何を言っているのかが分かり、さらに研究成果の有効性もよくわかった。少なくともわかった気にはなった。心底ハッとさせられたのを覚えている。その発表は、1枚のスライドに写真と、2本の棒であらわされた1枚の棒グラフだけであった。聴衆をうまく引き込んでいた。
彼の周りは、ディナー後にも質問が多く出て、半ばスターの人だかりのようになっていた。
これを機に「あんなにうまく話せるんなら、俺もうまくなりたいな。」と思い、機会があるごとに3分トークや分野外に向けた発表のコンテストに参加するようになった。
3分トークの競技性の高さと、物心つく頃からのスポーツマインドを刺激された私は、「アウトリーチプレゼン」にのめりこむようになった。
次回以降は、時間を測り、スクリプトを用意し、自分で動画にとって動作なども確認し、内容もいかに分かりやすいかを追求し、聴衆を引き付ける努力もしながら、たった3分のために、その数十倍は優に超えるであろう対策をとっていた。
しかしそれでも、スポーツ同様に、場慣れが必要で、本番では、スライドがうまく動かなかったり、分かりやすくしたつもりであっても、それは自分の勘違いであったり、ごく狭い業界での常識であったりなど、うまくいかないことは毎回毎回山のように出てきて、反省点が増える一方であった。場数を踏む必要ように、機会があれば参戦をする。その都度全力を尽くし、反省をすることをことあるごとに繰り返した。
徐々に、コメントが「量子物理分かったかも?」みたいな。コメントも増えてきた。
数年後、多角的な研究・考察、経験の結果、ネイティブスピーカーを抑えて、純ジャパの私が最優秀賞を受賞(何度も)、イギリス決勝大会へ進出など、安定的に受けがいい発表をすることができるようになった。昨今では、3分トークをはじめとしたアウトリーチプレゼンは重要なものと認識されているらしく、主催者側が粋なセッティングをし、会場がめったなことでは登壇できないような場所が多く、むしろ登壇機会が賞品のようにすら感じられた。
Three Minute Thesis(3分論文コンテスト)ケンブリッジ大学決勝の会場は、ケンブリッジ・ユニオン(Cambridge Union)であった。現存する最古のディベートクラブ。マーガレット・サッチャーやウィンストンチャーチルなど歴代首相も登壇した会場。クロックの代わりに、裁判所の判決を伝えるような木製のハンマー。壁には100年以上前の期末試験の問題などが並んでいた。ちょうどこのコンテストの一週間後には、バーニー・サンダース元大統領候補も登壇していた。
英国王立研究所(Royal Institution of Great Britain)ファラデーの法則で有名な、マイケル・ファラデーがクリスマスレクチャーで「ろうそくの科学」の講演をしたことで知られるファラデー・レクチャー・シアター。プロ仕様のピンマイクで、講演。英国物理学会主催のアウトリーチコンテストThree Minute Wonderの決勝大会。公式ページにも掲載されていた。
そのほかにも、ロンドン在英日本大使館や古い歴史的な図書館などいろんな会場での登壇機会をいただいた。
カレッジの園遊会(毎年行われるOB交流会・ガーデンパーティ)には、「在校生代表として、量子物理の研究について、発表してほしい。」とオファーを受けるようになった。
このころには、
「数学・物理みたいな発表で、今まで聞いた、どの発表よりも分かりやすかった」
「俺、理系の発表が、最後まで分かった。」
「あんなに面白おかしく話せるもんなんだね。」
「うちの先生に聞かせてあげたい。分野が難解でも、うまく話せるんだって。」
と、頭の上がらないコメントをいただくことも増えてきていた。
仮に最優秀賞などをとったとしても、そこで満足をせずに「これは、もっとこうした方がいいかな?」と日々考えるようになっているあたり、もう競技として勝ちたいというフェーズを超えて、純粋に、もっとうまく説明するにはどうしたらいいか?さらに、人にプレゼンの向上に対してアドバイスを求められたときに具体的にどう説明すればよいか?を体系的にまとめていけば役に立つだろう。などと個人の興味を超えて、取り組むに至っている。
プレゼンテーションの戦略
さて、長くなったが、分野が違えど、聴衆が違えど、最大公約的な方法論が取れるはずである。ここから先は、その方法論を体系的にまとめていく。
なお、スタイルや状況によって大きく異なるので、今回は、「3分で、分野が全く違う人々に対して、自分の仕事(研究)内容を分かりやすく説明する」ことを想定している。
上手い3分プレゼンは、言ってみれば、
脚本家のようなストーリー構成力
専門家としての知識経験
俳優のような表現力
芸人のようなエンタメ性
全て兼ね備えないといけない。これを上手く3分の中に組み込んでいく。
脚本家のようなストーリー構成力
そもそも、一貫した話を、背景から説明して3分で収めるのが難しい。貴方がやっていることを「一言で説明せよ」「3分で説明せよ」の方が、「1時間で好きに説明してよい」よりも何倍も何十倍も難しい。下手したら前者は一種の特殊な練習をしないと一生上達しない。さらに1時間の場合には、肝心なことを言い忘れても、言い直したりすればどうにかなる。一方で3分の場合、言い直していたら、時間に終わることはない。言い間違いにおける時間ロスの割合が、全体から無視できる大きさではない。
ビジネスプレゼンのエレベーターピッチが得意だから、という人もいるが、こういった異分野交流の発表との決定的な違いは、「背景をどのくらい共有しているか?」による。おそらく同業で事業を展開している人同士では、業界の常識として、背景や問題を共有していることだろう。しかしながら、こういった異業種交流を含む場合、事前の背景知識の共有はほぼないと言っていい。
普段「簡潔に説明できる」と言っており、自分たちもそう感じているのは、日常の事柄などを通して、背景と文脈を共有しているからであって、そもそも前提の説明が何もない状況では、3分以内に前提の説明をするのですら難しい。その場合、自分の研究結果について全く触れないという、状況になってしまう。しかしあくまで研究発表なので、3分以内に自分の研究の優位性や結果を説明する必要がある。
さてこの状況をどう切り抜けるか?現状での私の結論は、わかりやすい相手がわかるたとえ話・比喩表現を使うことに集約される。
時間が限られている中で、簡潔に説明するには、すんなりと受け入れられる表現が有効である。しかしここで難しいのは、相手がわかる・共感する表現でない限り、話が余計に分からなくなるので逆効果になる。分かりやすいたとえ話をする際に「日常にあるもの」であれば、分かりやすい。どんな人でも分かるたとえ話は、マズロー心理学の低次元欲求のような、人間の本質的な欲求に近いものを使うのが、どの聴衆に対しても効果がある。
専門家としての知識経験
まず専門性と自分の仕事理解である。
「簡単に説明するなら、詳しく知らなくてもいいんでしょ?」
と思う人も多いかとは思うが、実はこれは真逆である。「簡単に説明するからこそ、かなり深く詳しく知っている必要がある」が正しい。
時間がない中で上手く伝えるには、適切な比喩表現が重要だと上で述べた。適切な比喩表現、例え話をするには、自分の仕事の本質的な構造関係を正確に把握していない限り出来ない。
分野の差もある。日常から遠いものの方が、説明が難しい。人間の直観に反するようなことや、日常の常識とは矛盾するものは、さらに難易度が上がる。
コンピュータービジョンや環境問題、医療なら誰しもが見聞きしたことがある。一方で、込み入った学問領域では、パット思いつかない。超ひも理論、私がやっていた低次元量子物理なんてもう何言っちゃってるの?という感じだろう。さらに理系分野だけに限ってもサイエンスとテクノロジーの差もある。前者は今までの結果から、さらに人類の理解を深めるのが目的である一方で、後者は、社会への応用に直結することが重要な条件として加えられる。
よって、「何の役に立つのか?」を教科書を書き換えようと真理を追究するサイエンス分野に聞くのはそもそもナンセンスであるが、そんなことは一般聴衆は気にしていない。
そういった無茶ぶりにも耐えうる発表をする必要がある。特に競技プレゼンとして発表する場合には、分野の分け隔てなく発表する必要がある。これにより日常生活から遠いような業界は必然的に不利になる。しかし一方で、短いからどうでもいいというものでも、真実から離れて適当なことを言ってもいいというわけではない。かといって、最先端の結果などに全く触れないと、あまり分野を分かったような気にはならず、触れたようにもならない。この辺のストーリーを、脚本家になった気分で、うまくたとえ話を使いつつ、組み立てる必要がある。
俳優のような表現力
さて、確固たる専門性をもって、脚本家のように構成したストーリーを、うまく説明するように表現する。これは舞台俳優のような適性を必要とする。人前でうまく話す。雰囲気も重要である。この辺りはもはや、別の訓練が必要になってくる。話し方、呼吸法、空気の取り扱いなど。
言語・ポーズ
私は日本人でノンネイティブである。発表の流れやエンタメ性は、母国語のアクセントはあまり関係がないのかもしれない。
もちろん綺麗な方がポイントも高いとは思うけど、そこまで重要なファクターではないようだ。さらに3分プレゼンの場合は、覚えてしまえばよい。そんなことよりも、ポーズ(空白の間)の方が重要だろう。間の取り方を一瞬工夫するだけで、聴衆に考えさせ、自発的に発表に参加するように促すことが自然とできる。
芸人・エンタメ性(状況による)
アウトリーチ発表は、勉強会である以前にエンターテイメントである。学術分野の国際会議ならまだしも、分野外のイントロのような話である。わけのわからない分野の、わけのわからない話を真の意味で興味をもって聞いてくれるほど聴衆は親切ではない。少なくとも「おお、面白い」と思ってもらえるような努力を怠ってはいけない。そのためには、いわばウケを狙いに行く必要も場合によっては出てくる。コメディアンさながらである。俳優と、エンタメとすると、ミュージカル俳優から学ぶことは非常に多い。私も関連書籍に手を付けたりもしている。
準備
1時間の発表・講演であれば、多少適当なスライド構成でもどうにかなるし、質疑応答の時間を多めにとればそれっぽくなる。しかしながら3分の場合にはそうはいかない。3分の時間の中で、上記のものを適切に組み立てていったものを表現する必要がある。もう練習で3分時計なしに測れるくらいにするくらいでちょうどいい。あまりいい気分にはならないが、自分を動画にとり、確認も行う。3分のために多角的に全力で取り組む必要上がる。
以前具体的なことをまとめたこともある。
3分プレゼン/スピーチのコツ!ネタや構成,スライド,文字数まで
細かいことをいうと、無限に続く。
関連分野
すでに長い記事になってしまった。しかしながら、改善は無限に続く。おそらくこの発表の技能向上に関係するエリアを紹介したい。また一定の結論が出たらまとめておくことになるかと思う。
構造的な思考。アナロジー。比喩表現。
心理学、特に認知心理学。
発声、スピーチ。
コメディ、特にスタンドアップコメディ。
演劇、特に舞台、ミュージカル。
しかしエッセンスとしては上記のような感じである。私自身まだまだ発展途上である。レゴやプログラミングみたいなもので、改善に永遠に終わりはない。上の例では、さらに追及するには、ミュージカル俳優・スタンドアップコメディなどの部分を強化していく必要性を感じている。
大会自体は、審査員の好みによることが多いなど、不定要素はいろいろある。しかし、勝てなくてもいいからやってみてほしい。上のように私も最初はボロボロだった。参加するとディナーが無料であったり、そもそも練習になると割り切ってやっていることが多かった。決勝大会で発表しているものは、もはやどれも遜色ない。結果は審査員の好みによるところが大きい。しかしながら、訓練を受けていないような発表と比べると、際立って上手く見えるものが多いはずである。普通の国際会議で比べると明らかにレベルが違って見える。やればやるほど自分の仕事やプロジェクトの客観的な見え方や、理解度も増していく。やって損はない。
この能力は、おそらくあなたの仕事にも直接影響する。
「的確に適切に簡潔に分かりやすく興味を持たせるように(必要によっては面白おかしく)話せる能力」が、出世や売り上げに影響しないわけがないだろう。発表がうまいほうが、成果がよく見えあなたの評価も上がるはずである。それどころか、分野自体が輝いて見える。私自身、この能力で得をした経験がかなりある。著名な教授から意見を求められたり、コンサルをしてくれと頼まれたりなど。その辺はまた別の記事でお伝えしたい。
正直私は、こういったアウトリーチの場を考えると基礎中の基礎研究である量子物理を専攻していることを後悔したこともある。さらに「もしネイティブであったら」と思ったことも数えきれない。ネイティブの応用研究の発表をしている人と競った時などはなおさらである。しかし、そんな圧倒的劣勢状況であったからこそ、ここまで本気で3分トークを真剣に考えたというのもおそらく事実である。
「短い発表なんて簡単でしょ?」と思ったあなた。是非自分の仕事を題材に試しにやってみてほしい。
一言言っておくとすれば、
「つまらない発表は犯罪ですよ。たとえそれが3分であっても。」
自戒を込めて。
お気をつけて。