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公開日:2018年11月19日
更新日:2022年10月1日
以前こんな記事が話題になった。
アルゴリズムがわかる人材を、ヘッジファンドとシリコンバレーで取り合った結果年収がやたら高騰しているという内容である。
シリコンバレーでの記事は結構日本では見かけるが、クオンツヘッジファンドについてはあまりない。
あまり日本語では体験談は出回っていないようなので、何かの足しになると思い、この記事ににまとめておくことにした。よってこの記事では、クオンツファンドの状況や対策について述べていきたい。
個人的な印象では、特にヘッジファンドは、F1のエンジニアのように、数学やプログラミング能力を駆使して戦っている印象がある。自動トレーディングのアルゴリズムを作って、戦っているロボットコンテストのような業界になっているようである。
給与も日本の博士新卒25万円などから見ると「冗談でしょ?」レベルに高いが、同時に要求も結構高い。さらに金融拠点の諸外国の場合、物価も高いので、国によっては感覚では3-4割引き位する必要があるのだが、まあそれでも日本のシンソツとは比べ物にならない。
私自身、入社こそしていないものの、ヘッドハンター等から何度も勧誘を受け、実際に、とある国のクオンツファンドから内定(正確には紙が来る前の内々定)もした。
クオンツファンド自体は、日本にも進出しつつあるものの、あまりない。(聞くところによると税制度上らしい。)
日本からの近場という意味では、香港とシンガポールにはある。
必要なスキル
そもそもの大半のJob Requirement(最低限必要なスキル)は大体こんな感じ。
- 世界トップ大学の、数学・物理などの高度に定量的な分野での博士号を持つもの
- 主要な言語でのプログラミングスキル(Python, C++, Java等)。
- 高いオーラル・ライティングコミュニケーション能力を持つもの
- チームプレイヤー
である。特に上2つが無いと、書類選考に通らないだろう。
参考までに、検索してヒットしたものを一例として張っておく。
What You’ll Bring
Masters or PhD level in Computer Science, Mathematics, Physics, Engineering or related discipline
An expert in Python (experience in C++ or Java also welcome)
Experience using both SQL and, ideally, no-SQL database technology
Experience with NumPy / pandas or similar quantitative stack (e.g. Matlab or R) is a very big plus
A strong interest in financial markets; experience on a systematic cash equity desk would be preferable
Ability to work in a small, fast paced and agile teamhttps://www.efinancialcareers.co.uk/jobs-UK-London-Quantitative_Developer_%E2%80%93_Quant_Hedgefund_%E2%80%93_London.id04555390?searchlink=search%2F%3Fq%3Dquants%2520hedge%2520fund%26countryCode%3DGB%26currencyCode%3DGBP%26language%3Den%26facets%3D*%26page%3D3%26pageSize%3D10%26ds%3Dsr
学歴
よく知られる話ではあるが、少しずつ変わりつつも依然として、世界では日本よりも激しい学歴差別がある。年齢や人種、男女という変えることがほぼ無理な事柄に対する差別はご法度だが、比較的努力でどうにかなると考えられている学歴には明確な記述があることは多い。大学名が明記されていたりもする。
クオンツファンドは、学歴の時点で、世界トップ大学の数学や物理の博士を要求してきている。「世界トップ大学」が何を指すかはわからないが、面接で会った社員の学歴は、ケンブリッジやオックスフォード、マサチューセッツ工科大学(MIT)等で軒並み数学や物理、統計学のPh.D. であった。
とあるこの業界のヘッドハンターのプロフィールには、こんなことが書いてあった。
Interested in PhD graduates from top tier universities such as Cambridge/Oxford/Imperial in Maths/Physics/Statistics/Computer Science
こんな記述もあるので、イギリスで該当する経歴は「ケンブリッジ・オックスフォード・インペリアルの数学・物理・統計・コンピュータサイエンスの博士」なのだろうか…?
アメリカでは”Top level IVY university”というものがあった。アイビーリーグ上位校。おそらくハーバード・イェール・プリンストン。
他にも「Gifted Scientist in math or physics (数学か物理の天才的な科学者)」という記述なども見かけた。
プログラミング
クオンツファンドが行うことは、マーケットの値段に対して、適切なアルゴリズムを操作することである。そんなものは手動でやっている余裕はない。よって、プログラミングでやる必要がある。ということは、採用されるにはプログラミングが出来る必要がある。
これもどれくらいできればいいのか?というのがまた難しいが、Pythonでnumpyやpandasで統計処理ができる位で問題はなかった。すくなくとも数学や物理のスキルの要求よりは大分敷居が低い。
ただし、仮に超高速取引などの速いプログラムが必要な場合には、C++のLow Latency Codingなどが必要になると思われる。
機械学習や統計などのいわゆるAIやデータサイエンティスト系統のプログラミングもできる方が歓迎される。
コミュニケーション能力
レポートを書いたり議論をするということだろう。言わずもがなで英語である。
上記の数学やプログラミングの話を、半ば喧嘩するように議論できるレベルの英語力が必要となる。
英語ができるかどうか?について直接的に聞かれたことは一度もない。大前提過ぎて聞かれることはない。そもそもいきなり英語で国際電話がかかってくる。
もちろん英語のスコアなんて聞かれることもないし、TOEICの点数なんて聞いてこないどころか、存在を知らないだろう。
ディベートレベルまでは行かないが、通常の日本人から見るとネイティブレベルに見えるレベルかと思う。
ライティングに関しては、最低でも博士論文を書いているので、まあ自動的に満たしているだろうが、要するに学術書屋レポートが書けるレベルの英語力は必要である。
さらに詳細にコミュニケーション能力に書いてある場合には、「人と話ができること」を指している場合もある。これは、世界的に数学や物理の博士は、いわゆるアスペルガー系の人の割合が多く、チームプレイに向いていないことがあるため、である様子。
上記までが必須スキル。この時点で満たせる人が、かなり限られている気がする。日本でも、能力的には足りている人はいると思うが、海外では、日本以上に「学歴フィルター」が強力なので、知り合いの推薦など、特別な事情がない限り、見向きもされない可能性が高い。
英語というところを取っ払ったとして、日本版で考えてみても「東大か京大か東工大の、数学・物理の博士でプログラミングがよくできて、コミュ力の高い、チームワークのいい人」ということになるが、果たしてどれだけいるんだろうか?
この時点で、ターゲットが狭すぎるので、日本語で書いてある記事を読める該当者も、なかなかいない気がする、もはや変なものを見たい人向けの記事になりつつあるが、まあそれでもまとめておけば、役に立つことはあるだろう。とりあえず続けることにする。
あればよいスキル
学習欲
私が知る限り、博士特に数学や物理系の人で、学習欲のない人を見たことがない。これは上記の必須スキルを満たしている限り、勝手に満たすと思われる。
独立して仕事ができる人
おそらくプロジェクトが細分化されているのだろうか?独立して仕事ができる人が良い。これも博士号自体が「独立して研究ができる証明」になっているはずである。
強いリーダーシップ
これも、よく言われることではあるが、周りの人を説得しつつ、引っ張っていける人がいい様子。これは、チームスポーツをやっていたりするとプラスであることが多い。
ファイナンスの知識はあればプラスだが、無くてもよい。
これが一番衝撃なのだが、ファイナンスの知識は無くてもよい。これはヘッドハンターに聞いたことだが、「専門知識を持つ人よりも、論理的で数学的な考えがよくできる、言わば頭のいい人に、ファイナンスを教え込んだ方が効率的だし仕事もよく出来る。一方で数学は上達までに時間がかかる。」というのが大体の分野での認識らしい。
むしろ、ファイナンスの知識はない方が良いという場合まである。仮に知識があると、そちらの知識に引きずられ、「数学的な正解」を軽視するためであるようだ。元フィールズ賞受賞数学者で、ヘッジファンドマネージャーのジムシモンズの動画。統計・機械学習を使うとのこと。
対策法
典型的な選考過程を通して、書類選考後の面接と対策法をまとめたいと思う。
ヘッドハンターからメール
ある日突然、以下のようなメールが来る。
「こんにちは。A社ヘッドハンターです。Linkedinのプロフィール見ました。私たちはフィンテックでも、特にクオンツ・ヘッジファンドに注力しているんですが、こんなB社の案件には興味ないでしょうか?※英語」
これに返信すると、ヘッドハンターと電話や面会があって紹介されるか、直接その後該当企業から連絡が来る。
ここでの面接は、特に変わったことは基本無い。ただのお話である。大体、高級ホテルのカフェなどが多い。特に変わったことはないので飛ばすことにする。まともに目を見て話せる人か、英語はできるのか、とかを見ているとのこと。ここで止まったことは全くない。
で、その後、書類選考が通っていれば、紹介されたB社に関しての連絡が来る。さてここからが選考の始まりである。
実は、そもそもヘッドハンターや企業内のリクルーター経由以外では受け付けていないことすらある。ずっと募集していないになっているか、そもそもCareer(採用の応募ページ)が無いことも多い。
なお、ヘッドハンターか?リクルーターか?というのはあるが、彼らがヘッドハンターと名乗るのでここではヘッドハンターとしている。
筆記試験
指定された日程で、B社に出向くと、会議室に通され、筆記試験がある。筆記試験では、基本的な数学や物理の能力を測られる。会議室で数学の試験を受けさせられる。
試験問題は、基本的な確率論、ベイズ確率、マルコフ過程、漸化式、微分方程式、微積分、平均分散・統計、ゲーム理論、剰余mod、金融のプライシングモデル(ブラックショールズやヨーロピアンオプションなど)、力学などの物理、などである。
例えば、この会社では問題のサンプルが公開されている。
1. Suppose that X and Y are mean zero, unit variance random variables. If least squares regression(without intercept) of Y against X gives a slope of β (i.e. it minimises [(Y − βX) 2]), what is the slope of the regression of X against Y?
2. I meet someone with 2 children, and I learn that one of the children is a boy. What’s the probability that the other child is also a boy? What if one of the children is a boy born on a Tuesday?
3. A stock has beta of 2.0 and stock specific daily volatility of 2%. Suppose that yesterday’s closing price was $100 and today the market goes up by 1%. What’s the probability of today’s closing price being at least $103? What’s the probability that the closing price is at least $110?
4. If I break a stick of unit length into three random pieces, what’s the expected length of the largest piece?
5. What is the Delta of an at-the-money binary option with a payoff 0 at < $100, and payoff 1 at ≥ $100, as it approaches expiry?
6. (You probably need to look up numbers for this.) Suppose the moon were to disintegrate, and fall to earth over 5000 years. How does this influx of power compare to that of the Sun? Much more, about the same, or much less?
7. Consider all 100 digit numbers, i.e. those between 0 to 10100 −1, inclusive. For each number, take the product of non-zero digits (treat the product of digits of 0 as 1), and sum across all the numbers. What’s the last digit?
8. Let R(n) be a random draw of integers between 0 and n − 1 (inclusive). I repeatedly apply R, starting at 10100. What’s the expected number of repeated applications until I get zero?
9. How many ways are there to tile dominos (with size 2 × 1) on a grid of 2 × n? How about on a grid of 3 × 2n?
10. I have $50 and I’m gambling on a series of coin flips. For each head I win $2 and for each tail I lose $1. What’s the probability that I will run out of money?
11. (Hard) A company has a competition to win a car. Each contestant needs to pick a positive integer. If there’s at least one unique choice, the person who made the smallest unique choice wins the car. If there are no unique choices, the company keeps the car and there’s no repeat of the competition. It turns out that there are only three contestants, and you’re one of them. Everyone knows before picking their numbers that there are only three contestants. How should you make your choice?https://www.gresearch.co.uk/wp-content/uploads/2018/08/Sample-Quant-Exa.pdf
日本のある程度まともな大学の理工系のまともに勉強している2年生位なら、出来そうな内容である。
ここで、すぐ直後に社員が筆記試験の採点をし、得点が基準を超えていたら、その後に1次面接が始まる。基準を超えていなかったらその場で不合格となる。聞くところによると、通常筆記試験の通過率は、1-2割だそうだ。もちろん上記の厳しめの書類審査は通っている候補者が、試験を受けて、そんな感じである。
なお、こういう試験は大体どのファンドでも行われる。似たような試験をやるのなら「この会社の筆記試験通ったんだけど」で免除にしてもらいたいものである。毎回似たような試験をやるのは、相当に疲弊するので、やめてほしい、というのが正直な感想である。
普通に上記の数学の分野の復習をし、こんな感じの本で対策すれば問題ないだろう。
面接
面接は、ホワイトボードの前で、面接官とディスカッションをしつつ、面接を行う。毎回1時間ほど。
内容は、数学、物理、統計、プログラミングなど。適宜フェルミ推定のような頭の回転クイズみたいなものも含んでいる。
プログラミングはアルゴリズムとデータ構造と呼ばれる分野のものが多い。バイナリツリー・ソートアルゴリズム、ビッグオー(O(n))表記など。
場合によっては、世界の金融事情や株や債の知識なども入ってくることもあった。いろいろホワイトボードに書きつつ、話し合い。もはや研究のディスカッションとあまり変わらない。このような面接を何回か繰り返し、どこかで内定である。
なお、何故ヘッジファンドか?という質問はされたことがあるが、日本の就職活動でよく聞かれるという「何でうちの会社?」は一度たりとも、全く聞かれたことがない。
電話面接
直接の面接の前に、電話面接が実施されることもある。内容は例によって、数学とプログラミング中心だが、相手の顔が見えにくいので結構難しい。問題も必然的に、ホワイトボードのものよりも、簡単になっている様子である。電話に向かって聞こえるように大声で叫びながら?数学の問題を解説しながら解いている感じである。
コード面接
通常の面接のほか、コード面接というものも存在する。これは、コードがかけるか?をテストする面接である。これも画面を共有してコードを書くもの、目の前でスクリーンにコードを書くもの、紙に書くもの、ホワイトボードに書くもの、いろいろある。が本質的にコードが書けるかどうかを見ているようである。
こちらのHackerRankというサイトも有名。
ウェブテスト
上記の数学や似たような内容で、ウェブテストの場合もある。これも似たような通過率なんだろう。
終わりに
上記のように、数学とプログラミングさえできればあと何でもいいでしょう!系の極みのような就職先、クオンツファンド。
日本では、就職無理学部などと揶揄される理学部。特に数学科・物理学科。
しかしながら海外トップ校で数学や物理で博士号を取ることは、意外とその後のキャリア形成で、メリットに直結する。
すくなくとも数学や物理の博士は、他の分野にも対応できるというのが海外での一般的な認識である。
科学的な興味で進学した私にとっては完全に棚ぼたであった。
ただ、そういった分野で博士まで行く人は、アカデミックのキャリアを望む人が多いというのもまた事実である。
しかしそれでも、少し方向転換をすると、高給で雇われるというオプションもあるので、片隅に置いておくと、良いことがあるかもしれない。
追記
なんかこちらの記事がバズってしまったに関連してこんなコメントも来た。
何故、このエリアで就職しなかったか?
最も大きいのは、内々定が出た企業が日本ではなかったことである。スポーツ関係のこともあり、日本にいる必要が出てきたことから、日本にいる必要が出てきた。「そんなもん遊びじゃん」と言わないでほしい、結構本気なんですよ。
2つ目に日々の業務。日々の業務は、コーディングが多い様子。プログラミングは、必要な時に、組むのであればいいが、毎日、張り付いて書けるとは到底思えない。
さらに、ずっと数学物理を息をするように考えている必要もある。私は、どうにか選考には通ったものの、そこまで数学物理やプログラミングができるという感じではない。真の天才さんたちとしのぎを削るのは、正直辛い。レッドオーシャンまっしぐらである。
市場において高度な「数学コンテスト」を繰り広げて稼ぐのは確かにポーカーをやっているようで楽しいんだろう。でも、なんだかむなしくなりそうである。確かに稼げるけれど、新しいものを生んでいる感じはない。それであっさり転職した知人もいる。実際私もポーカーにはまっていたこともあるが、テーブル上で誰かを飛ばしたり、オンラインでクリックしているのは、「もういいかな」と思ってしまった。プレイするよりも、新しい戦術を生み出す系統の方が興味が深い。
なので少なくとも今は後悔はしていない。
関連
上記は機械学習クオンツと呼ばれるものに関する選考ですが、金融工学クオンツに関しては以下の記事にまとめられています。