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公開日:2015年4月20日
更新日:2019年7月21日
ケンブリッジ大学ノーベル賞輩出数最多の研究所の特待生制度
世界の特に有力大学では、博士課程の大学院生、特に理工系の専攻の学生は学費が免除になり、給料が支給されるケースが多々あります。ノーベル賞受賞者輩出数最多のここ、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所にも大学院生向けの特待制度があります。ケンブリッジ大学は、ハーバード大学創立者のジョンハーバードの卒業校としても知られます。
このプログラムはここ最近ノーベル賞が出ていない「低迷した状況」が続いている研究所に新たな流れを作り現状を打開するべく、卒業生がCEOを務めるヘッジファンド(Winton Capital Management)からの200万ポンド(約40億円)寄付を受けて設立されました。
このプログラムは昨今の時代の流れにあわせて、持続可能性(サステナビリティ)、再生可能エネルギーなどに注目したプログラムです。
本プログラムでは、
- 大学院生の資金面を含むサポート
- 若手研究者の経済的支援と最高水準の研究環境の整備
- 研究に対する投資・表彰
を行っています。
大学院生の特待制度の部分に注目すると、
“The intention is to fund very bright younger physicist”
「目的はとても有望な若い物理学者を支援すること」
となっています。
採用されると、
- 学費とカレッジ費が免除
- 暮らすのに十分な生活費
- 設備や学会などに参加するための渡航費・宿泊費などに利用できる研究費
が割り当てられます。この他にもプログラムの一環として、
- 年に数回のディナー
- 月に数回のセミナー・ゼミ
- 企業見学会などのイベント
の機会があります。ディナーやセミナーの参加者は著名な研究者から、企業の取締役、国際機関の役員、各国の政府関係者まで様々です。非常に興味深いため時間が許す限り、皆勤を目指して参加しています。
また、学内の人気のシンポジウムやセミナーへ参加の際に、通常の学生であれば応募をして選考を通らなければならない場合も、選考が免除となったりする場合もあります。
ノーベル賞授賞式の写真 (Nobel Prize.org 公式ページより)
採用基準
さて気になるのは、どのような人が採用されるか、です。
ディナーなどの際に個人的に審査にかかわっている人に聞いてみました。
Q.どういう人を求めているか?
Be good. 良い人。
Q.倍率は?
not so low. 低くはない。
当然といえば当然ですが、具体的には教えてくれません。
将来出願する人がこのページを見ることになるかどうかは分かりませんが、今までの採用者を見たときに、採用になりそうな基本的な人物像を個人的に予想すると、以下のようになりました。
- 研究生活に支障が出ないレベルの英語力がある
- 各国の有力大学の大学院修士課程で主席レベルまたは評定平均(GPA) 4.00/4.00に近い
- 実験・研究が一定レベル以上で出来る
- 人間性が良い
- 広い意味で持続可能性に関する物理学の研究をしている(博士課程で行う予定)
- その他にも何か目立つものがある
研究生活に支障が出ないレベルの英語力がある
1. は当然です。英語の記事でも書きましたが、英語を母国語としていない国からの学生はIELTSまたはTOEFLのスコアが必要です。スコアがやたら高くても全くコミュニケーションが取れない人も存在するようなので、実践的に使えるほうが好まれます。
支障が無いレベルであれば、それ以上は考慮されない印象です。英語圏で学部や修士を終えると免除になるなどの例外は存在します。
各国の有力大学の大学院修士課程で主席レベルまたは評定平均(GPA) 4.00/4.00に近い
2. 大学が日本の大学のレベル別リストを独自に保有しており、大学毎に基準を変えているという説もあります。少なくとも最低限入学に必要なスコアよりも、特待生として採用されるほうが基準が高いのは明らかなので、やはりスコアは高いほうがよいです。
なお、大学やコースにもよると思いますが、GPA 4.00が該当する学生がいないコースの場合、席次が重要になる場合もあるようです。
日本の大学の特に大学院の成績なんて・・・。と思われる方もいらっしゃるかとは思いますが、国際的には成績は重要のようです。
実験・研究が一定レベル以上で出来る
3. 研究が一定以上レベルできる、というのは、審査側も一般的に学部や修士(おそらく大部分の博士も?)レベルでの成果は、指導教員の指導能力による部分が大きなウェイトを占めることを知っているため、実績はあったほうがよいのは間違いないが、そこまで立派な実績でなくても問題はなさそうです。
また実績があっても、本人は言われただけをやっていたいわば「作業員」だったのでは問題があるので、結局は本人次第といったところでしょうか。実際に論文があっても採用されなかった人もいれば、学会発表も未経験だった採用者もいます。
上記1. 2. 3.が、一般的にケンブリッジ大学の入学に必要なものです。(尚入学には奨学金がつかなかった場合は、財政証明書も必要となります。)
人間性が良い
4. 人間性が明らかに重視されています。というのも、奨学金の出願には、通常の大学への出願書類に加えて出願者の性格など人間性についての推薦状が追加で必要となります。
ただ推薦状の中身だけでは分かりづらいので、結局は内部関係者で、審査員が知っている人が「あいつ良いやつだよね」という方が信憑性が増すため、内部関係者などのネットワークからの推薦が重要なのかもしれません。
広い意味で持続可能性に関する物理学の研究をしている(博士課程で行う予定)
5. はプログラムのコンセプトが持続可能性に関する物理学なので、コンセプトに合うような内容でないと投資対象から外れてしまうでしょう。
その他にも何か目立つものがある
6. これは個人的な印象ですが、上記に加えてプラスアルファが効果的に働いているように感じています。学力面だけでは、他の採択者にハーバード大学の特待生だった学生などもおり、他にも各国の大学で主席や優等学位授与者もいます。このため例えば2.に関連して、日本人で、ただ日本の大学で主席だった、といっても相対的にインパクトが低くなりがちです。
採択者には物理学科の院生の傍ら、プログラミングで副業している学生や、経営を行っている学生、競技ダンサー等いろいろいます。何ヶ国語も使える人も何人もいます。国籍、高校、大学、大学院が全て違う国の学生もいました。
世界各国からの、それぞれシステムや文化の違う環境からの出願者を勉強・研究面だけを評価するのは限りなく不可能に近いので、研究に関係があるかどうかによらず、明らかな差別化要素があるほうが、候補者として魅力的に映るのも頷けます。
キャベンディッシュミュージアム。歴代の偉大な発見に利用された装置が飾られている。
ニュートン、ダーウィンをはじめ、世界が認める理系の功績を生み出してきたケンブリッジの研究環境 オックスブリッジの社会的意義Ⅰ | オックスブリッジの流儀 | 現代ビジネス [講談社]
以下は補足です。
・国籍のダイバーシティ
ホームページに
The University values diversity and is committed to equality of opportunity
と明記されているように、国籍などのバランスを取っている可能性が高いです。
ただ、学費を考えると、EU圏外の国籍の学生の学費はEU圏内の学生のものの約3倍となり毎年200万円ほど高くなるため、必然的にハードルが上がります。
http://www.graduate.study.cam.ac.uk/courses/directory/pcphpdphy#finance
・女性を優遇
男女の差がなくなってきてはいるものの、依然として物理学を専攻する女性は未だにものすごく少ない現状です。
パンフレットにも多くの女性のサイエンティストを採用したと記述があります。
We have also had a number of exceptional female candidates with four selected for scholarships.
キャベンディッシュ研究所自体女性の社会進出に力をいれています。
Cavendish awarded Athena Swan Gold award — Department of Physics
よって、同じようなレベルの候補者がいた場合、プログラムにいない、またはいたことがない国籍の女性が優先される可能性は高いです。
将来研究者を目指すか否かはあまり関係が無いかもしれません。私自身も「研究は面白いときは面白いし重要だとは思うが、私は研究者になるよりは、科学研究の経験を生かしてもっと世の中に広く貢献できることをやっていきたい。研究者はもっと頭がいい人で、研究が命だ!と言えるくらい情熱がある人がやったほうが良いのではないか?」と言い切りましたが、採用されました。
毎年8人程度が採用されるので、全員が研究者志望でもコミュニティのバランスや多様性が損なわれるので、ダイバーシティという意味では良いのかもしれません。
このように数値で客観的に評価できる部分が非常に限られている選考状況なので、共同研究やプロジェクトを共にやったことがあり、既にある程度素性が知られている学生が採用されている例が必然的に多くなっています。
逆に、既に一緒に働いた経験があるものの、不採用になったという例もあります。よって一定以上の能力にはシビアなようです。
私自身も出願の前年にインターン生として研究所に滞在していた際に、インターン期間終盤に本制度への出願打診を受けました。
他大を受験すると言っていないのにもかかわらず、「ボストンとかカリフォルニアには行かないでケンブリッジに着てね、もう片方(the other place)も!」
(※ボストンにはハーバード大学やマサチューセッツ工科大学が、カリフォルニアにはスタンフォード大学等があります。ケンブリッジ大学でthe other placeと言うとオックスフォード大学を指します。)
と言われている点などを考慮すると考え方にもよりますが、採用される人は概ね、
アメリカなどの世界のトップ大学の大学院に奨学金(フェローシップ)付で合格するような人
と同じような傾向なのではないかと思います。実際にアメリカのトップ校のフェローシップを辞退したという例も聞きました。ただし出願者の性格など人間性についての推薦状の存在からもわかるように、アメリカよりも人間性や相性、ネットワークを重視している可能性が高いです。
尚上記を完全に満たしていなくても通ることもあるかと思います。総合評価で“good enough”であれば通るかと思います。
総じて採用者は各国の奨学金や、ケンブリッジ大学の他の奨学金も同時に採用されている人が大半を占めています。このこともあって、これを単体で出願するのは、少々厳しいのではないかと感じています。
私の場合は1. 2. 5.はいいとして、3. 4. はいくら客観的に見ようとしても、私からは判断できません。
6.は特になかったと思います。当時はスポーツの日本代表でもなく、グローバルプロジェクトのディレクターでもありませんでした。強いて言えば、表彰や奨学、助成などの受賞暦が2桁近かったこと、プログラム内に日本人関係者に誰もいなかったことくらいでしょうか。
疑問
さてここまでいろいろ書いてきて少々疑問が生じます。
Q. 「なんで私は採用されちゃったんだろうか・・・?」
実は上の質問の際に聞いてみていました。
Of course you were good enough! もちろんgood enoughだったから!
…。結局分からずじまいです。
個人的な印象では、どう考えても自分よりも優秀そうな人材が溢れているので、自分が採用されたことは、未だに疑問に感じることがあります。また今後日を改めて聞いてみたいと思います。日本からの応募はそこまで多くないそうなので、興味があれば応募されることをお勧めいたします。