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公開日:2023年10月19日
更新日:2023年10月25日
慶應義塾高校の甲子園優勝からも、最近何かと言われている慶應義塾大学。
https://www.keio.ac.jp/ja/
慶應生はよく現役でも「慶應義塾大学出身です!」と言ったり、「OBOGが群れがち」等とよく言われている。ネタのアカウントとかまでできているが、実際にそのような側面は思い当たる節もある。
就活の時期が近くなっています。
このアカウントの寿命もあと僅かですが、後輩達に何か残したいと思ってます。
そこで後輩達に質問!どんな情報が欲しいですか?— 慶應経済卒意識高いbot (@Keio_isshiki) November 24, 2015
幼女「慶應の塾生ー、意識高い高いしてー」
慶應生「経済学部/本日は貴重なお話ありがとうございました/インターンシップ/リーダーシップ/学生起業/留学/グループディスカッション/独政治学に興味あり/TOEIC900点オーバー」
幼女「きゃあーー、気持ち悪い///」— 慶應クソbot (@Keiouniv_kuso) April 3, 2023
https://twitter.com/ib_kiri/status/1694300238222410194
【慶應の甲子園応援はなぜ凄い】
1. OBの数が40万人もいる(慶應大1学年6000人)
2. 40万人の慶應大OBが全員応援歌「若き血」を歌える
3. 大学時代に慶早戦に応援に行くのが当たり前
4. 慶早戦の日は授業が休みになる
5. 應援指導部(応援団)が盛り上げ上手かつ歌詞も球場で掲げてくれる
6.…— ゆな先生 (@JapanTank) August 21, 2023
私自身元々第一志望で入学したわけではないが、今となってはこの大学でよかったんじゃないか?と思うことがかなりある。(なお慶應義塾高校は高校受験で落ちている)
私も将来を見据えたイベントを開催するために早稲田と慶應OBOGを中心として連絡をした際に「なぜ慶應は慶應だけで固まって群れるのか?慶應出身であることを言いがちなのか?」について身をもって体験したため、その理由と共にここにまとめておきたい。
なぜ慶應は学校名を名乗りがちなのか?
慶應義塾大学は卒業生も学校名を名乗りがちである。
有名なセリフでいえば「貴重なお話ありがとうございます。慶應義塾大学経済学部の田中(仮名)です。」のようなものである。
多くは「学校を自慢している」「マウントを取っている」といった捉えられ方をすることがあるが、個人的に感じるところでは、おそらく(そういう人もいるだろうが)自己顕示欲や自己満足的な理由ではない。
各学校によって、出身校についての意味合いは変わってくるかもしれないが、特に「慶應卒は意味合いが少し違う」ような気がしている。
この実利的な理由は「三田会がある」ためである。
おそらく「どこの大学を卒業」という学歴的な意味よりも、「『三田会関係者です』という情報を開示している状況」に近いものを感じている。
卒業後も実績が何もないから学校名にこだわる?
同時に「卒業後も学歴の話をするだなんて他に実績が無いからだろう、情けない」的な批判を受けがちである。いやこれも、上記の理由で三田会が関係するためである。
ほかの学校だとそういうことなのかもしれないが、「三田会効果」により出すことが多い印象である。
実際に私のことは検索すれば経歴はいくらでも出るので、初対面でも慶應の話を振ってくる方は多くいらっしゃる。
三田会の実益
ここで、また言われがちな「三田会」どんなものなのだろうか?
いろんなところで特集が組まれているが、書かれていることは大体実はなのではないか?と感じるものである。
いわゆるシャカイジンケイケンを少し積めばわかるものかもしれない。
社会人経験(シャカイジンケイケン)とは何か?定義・多角的な比較と考察
慶應の卒業生とわかると、旧知の間柄のように感じる
「慶應の卒業生とわかると、初対面でも昔からの知り合いのように思えちゃうんです」なぜ、慶應に入ると、こう思うようになるのか。
慶應には「先生」は創設者の福澤諭吉しかいない。だから大学教授であっても、学内の掲示板では「○○××君」である。私学らしく、創設者の教えが貫かれている。
同窓会活動とて例外ではない。福澤が慶應を構成する塾生や教職員、塾員らを「社中」と呼び、全員の協力を呼びかけた「社中協力」は有名だ。そのスローガンのもと、福澤は同窓生の集まりを大切にし、各地で開かれる大小さまざまな同窓会に進んで出席していた。東京では広尾の別邸に大勢の塾員を集めて、大園遊会を開いてもいた。
「三田会ですか…。何回か参加したことがあります。×ホテルの一室で開催されました。普段会えないような偉い人とも名刺交換できるので、それはよかったかな。格式高い様子の人がいっぱいいました。仕事が忙しくなってからはさっぱり行かなくなって招待も減りましたが…。慶應連合三田会の集まりにはいずれ参加しようと思っています。まあ総じて、良い大学ですよ、やっぱり。不満を持って生活している学生は少ないと思います」
学閥の王者、慶應三田会。私立最難関である慶應義塾大学出身という一生涯有効な勲章だけではない。卒業すれば、OB・OGによって組織される、三田会の一員になれるという“果実”も手にすることができるのだ。
慶應大卒の上場企業社長の数は、慶應と双璧を成す早稲田大学を凌駕し、名だたる企業のトップに慶應卒の社長が名を連ねる。また、多くの有名企業に存在する職域三田会を中心に、同窓つながりによるビジネス上の取り計らいや出世面においても有利に働くという。
慶應義塾大学の卒業生には、卒業してからしみじみ「この大学で学んでよかった」と感じる方が多くいます。なぜ彼・彼女たちはこの様に感じるのか?卒業生に聞いてみました。 慶應義塾を知っている人も、知らない人も、新しい面を発見できるかもしれません。
なんと慶應義塾公式まで「卒業してから」と書いているじゃないか。
個人的な経験
個人的な経験を上げておく。
イギリスにいた際にも「慶應名誉教授の~~」とSNSに連絡がきて、少し対応をしたところ、相当手厚いお礼を頂いた。
クライアント同士であっても、上司よりも「このプロジェクトチームの慶應で飲み会しない?」となって、全然会社同士の取引を超えて仲良くなったなんてこともある。
突然役員から連絡が来て、何かと思ったら「はじめさん、聞いたよ、何年卒?三田会来ない?」と飲み会の誘いを受けるだけで役員から呼び出されるなんてことまであった。
他にも「転職しない?紹介するよいくらでも」「起業しないの?うちも出資したいし、いくらでも紹介できる」なんてことはよくある。しかも社交辞令でないことが多い。
衝撃を受けたのはこんな例である。
とある三田会において、役員と新卒社員が隣に座っていた。その会話はこちら。
新卒「なんか入った部署間違えたかもしれないんですよね。今のところ微妙です。」
役員「え?担当誰?うちの関係部署なら移れるかもしれないから、あとで詳細連絡するわ、給与レンジも違うから上がる」
その後どうなったのかは定かではないが、おそらく本当に移っていたのかもしれない。
「すげえ。」の一言に尽きる。
こんなこともあって、最近では、何かを始めるときは「とりあえず三田会を作る」ムーブをかましがちになっている。
ついでにそんな三田会の総本山的イベントである「連合三田会」というものにもいってみるようになってしまった。
学生の時は「この人たち何してるんだろう?」と思っていたが、卒業生になってその有効さを知った状況である。
なお、第一応援歌である若き血をはじめとして未だに何曲も歌詞を歌えるが、肩を組んで歌うのは結構楽しい。
いつの間にかこんなドライシャツも持っている。普段はなかなか着ることができない。
こうなると、慶應義塾高校の清原くんも見たかった。
たまたま席が隣の方が慶應を応援されている方で、ご挨拶しお願いして「若き血」のTシャツを撮らせていただきました。
※掲載許可いただきました#慶應義塾高校#若き血 pic.twitter.com/fj0OyvXFGD
— くろい (@eWtDjvxGZUvFA75) August 19, 2023
なぜ慶應は慶應だけで固まりがちなのか?
何かと言われがちで、あることないこと言われがちなのが面倒である。知らない人からも「頭よくて金持ちでイケてるなんてウザい」的なことを言われて嫌われていた、なんてこともある。「英語が出来るのをひけらかしている」とかも言われがちである。
いや、相手日本語出来ないやん。何語で話せと。フランス語とか?という感じなのであるが。
そこで、慶應だけで固まるとそんなことは言われない。気が楽で話が通じる。極端にお金がなく横領するような人も居ない。ていうかいわゆる「英語全くできない人」なんて見つける方が難しいんじゃないだろうか?多分入れないし、進級できない。
以下書かれているような状況になりがちである。
慶應というのはダークマターみたいなもので周囲から「ムカつく、キモい、不愉快」と言われれば言われるほど結束してますます強力になります。なんでもそうですけど「嫌いなら放っておけ」が最適解です。わかってないな、と思いますね。
— 山口周 (@shu_yamaguchi) September 1, 2023
頑張って例を探すと「国際学会で日本人だけで固まっている状態」と同じ雰囲気かもしれない。話が通じやすいため安心感があるため、固まっている印象である。
あれもなんだか日本人以外の外国人から見ていると、内輪で固まっているようにしか見えないのはその通りである。
内部と外部で違いはあるのか?
こちらもよく言われるものがある。「大学に外部から入ると地位が低く内部にいじめられる」。
これも個人的には「そんなことは普段は気にしない」感じがあった。むしろ私自身が「絶対内部だと思ってた」と褒められているのかけなされているのかわからない状況になることが多かった。
もちろん私が鈍感なだけで、差別を受けていたりもするかもしれないが、あまり露骨なものを感じたことはない。金銭感覚が違うな、と思うようなことはたまにあるが、まあその程度である。
結局慶應が固まるまでのプロセス~あるイベント開催に際して~
なんでこんなに固まるのか?を経験したエピソードがある。以下に紹介したい。
あるスポーツイベントを行うにあたって、今後の発展を考えて
「ある程度、将来成功しそうな人が多そうで、仕事も出来そうで、お金にも困ってなさそうで、縦のつながりも強そうな現役学生に向けてスポーツイベントを開催したい」
と考えた。
この時「まずは早慶戦が良さそう」と思い立ち、早稲田と慶應の卒業生を中心に勧誘を行った。
ここで早稲田大学と慶應義塾大学の卒業生に連絡をしたところ、おおむね以下のような反応であった。
早稲田「ふーん。(私関係ないや)」
慶應「え、いくいく!友達も誘ってみるわ!」「運動神経ないけどいいの?」
と反応の差は歴然であった。
スポーツ関係のイベントなのに運動神経無かろうが参加しようとしたり、友達も誘うという慶應、私には関係ないという早稲田。
そもそも最初は慶應だけで固まろうとしていない
上記のように、そもそも最初は慶應だけで固まろうとすらしていない。話しかけても他のノリが悪く、結果として多くが慶應になってしまった。
そして「なんか大変な割に成果が得られにくいから、とりあえず慶應だけ誘うだけでももう十分な人数居そう」となり、費用対効果を考えても、これが一番手っ取り早くなる傾向にあった。
こうして慶應が慶應だけで固まるプロセスを実感したのであった。
色々試した結果、結局学歴フィルターが最適解になっている就職活動みたいなものである。
終わりに
以上なぜ慶應は群れるのか?について実体験に基づく考察をまとめた。
福澤「先生」の教えである「社中協力」や「実学精神」について、「私慶應出身です」「なら三田会やっておくか」と「先生の教え」をドストレートに行うとこうなるのかもしれない。