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公開日:2019年5月17日
更新日:2020年6月3日
直近外国にいたのが長いせいか「あ、これは日本人だ。」と思うことがある。さらにこれらの特性を利用して、うまくだまくらかす詐欺や、それらに漬け込むビジネスが存在しているのを目の当たりにした。少し紹介したい。
前提を疑わず、いわれるがままの習性
いわゆる「Noといえない日本人。」日本人は「頼まれたらとりあえず応えようとしてしまう習性」がある。強く頼まれたら「どうしようかなー」みたいになってさらに押しに弱い。高額を吹っ掛けられてもそのまま買ってしまう。これだから、観光地では日本人がターゲットにされがちのようである。
例えば、黒人に「ミサンガ巻いてあげる」といわれ巻かれると、高額を要求される「ミサンガ巻き」。これはパリとかローマ・バルセロナみたいなヨーロッパの都市で顕著な気がする。せっかくやってもらったんだから・・・。
さらに、サインなんかも多い。「慈善活動のサインをしてください!」って言われて、いわれたままに、サインをすると、「20ユーロ寄付する」って書いてあって、20ユーロ払えって脅される詐欺。いや、払わなくていいんだよ。無視だよ無視。
さらに、日本に行くから「お金見せて」って言われて、そのまま、目の前で数枚手品のように抜かれる、なんてのもある。もはや盗難である。
よくよく考えると、怪しい行動ばかりなのだが、とっさには気づかないことが多い。とっさにNoといえない感じが、日本人なのだろう。
こんなこともあってか、フランスパリの地下鉄では「スリにご注意ください。(原文ママ)」というアナウンスがある。…もう一度言う「スリにご注意ください。(原文ママ)」というアナウンスがフランスで流れる。日本語。
・・・なんでこんなに詳しいかというと、自分でも昔やられたことがあるからである。ひどい勉強代だが、もうやられない、はずである。しかしながら、方法を変えられると気づかない可能性は高い。
さて、それらを前提として、以下のような、日本人には有効だろうが、ほかの国の人には効きにくいのではないか?というビジネスが行われていたことに気が付いた。
自分のためにやってもらったんだから、応えないと悪いと感じる習性
この文章を読んでいるあなたも「頼んでないけど、せっかく絵をかいてもらったんだから、払わないと。」と考えることは多いだろう。しかしこの感覚は、他の国籍の人間に比べて、日本人にはかなり強い感覚のようである。
似顔絵押し売り詐欺
満面の笑みで、似顔絵を描いてくれる。が、売りつけてくる。ただ好きで書いているのかと思いきや、描き終わると「せっかくあなたのために描いてあげたんだから買え。」
と即興で書いた絵を数十ドルで売りつける「サービス」。
テルトル広場は画家が集まり似顔絵を描いてくれることで有名ですが、中にはすれ違いざまに声をかけてきて、似顔絵(かなり下手らしい)を書き高額な料金を請求してくるそうなのでご注意ください。
いわゆるグローバルスタンダードでは、「頼んでいないから、要らない」といえばいいだけの話なのだが、これが出来ないのが日本人。しぶしぶ買ったり値切ったり。値切らずに、買わなければいいのだが。
写真撮影サービス
さて、この効果を応用したビジネスを、なんと日本で見かけた。こちらである。
こういう感じの観光地のデジカメ記念撮影サービス。
こういうサービスは2019年現在最近多いらしい。
最近多く見かけるのが「印刷して出来上がった写真を見て、気に入ったら買ってください」というパターンです。
とある観光地では、販売に利用される一眼レフデジカメの写真以外にも、同時に観光客のスマホでも撮影を行ってくれていた。
となると、台座の方の写真は使用する機会が激減するはずで、実用性を考えると必要がない場合が多いだろう。さらに、額縁に入っているとはいえ、写真1枚が1000円以上もする。
アルバイトの人数を考えると、一時間に3-4枚以上売れれば元が取れそうである。そんなに売れるんだろうか・・・?とか考えていた。
しかし、そこは日本人「せっかく私たちのために撮ってくれたのだから・・・」さらに「せっかく高い紙に印刷してもらったのだから勿体ない」と飛ぶように売れていく。
脇で見ていて、びっくりを通り越して感心してしまった。
よく考えると、彼らはそこの従業員かアルバイトである。写真を撮るのが仕事であり業務である。確かに「とってあげた」のは事実はあるが、それは彼らの業務で、良心がどうのこうの、というわけではない。
一方イギリスでも似たような写真コーナーはあったが、買っている人をほぼ見たことがない。
「え、スマホで撮ったからこっちは要らない」
「撮ってくれたのはあなたの勝手だよね?」
といった感じである。なんというか合理的である。売るほうも諦めている印象。
おそらく「せっかくやってくれたのだから~」というのは日本人に特にみられる傾向である。ちなみにこれは日本人同士ではある感覚のようなので、外国人にはおそらく通用しない。
ということは、日本人だとみなされると、ムッとされる可能性はある。
こういう時には、日本語がほぼ出来ない香港人や台湾人のような態度をとると難なく抜けられると思う。日本語出来ないふりをしてみたが、うまく行ったかは不明である。
「ほかの人がやっているから~」という同調圧力に屈する習性
日本のとある観光地での広場。大道芸人がナイフ振ったりと定番の大道芸をしている。その周りにはひとだかり。芸の終盤、BGMを大音量で流しながら、大道芸人さん「拍手では飯は食えません。硬貨だと重いから、折れるものが欲しい!」といって帽子を差し出す。
そこへ、率先してある親子連れのお子さんが1000円札を入れる。そこから雪崩のように、特にお子さんが札を入れるのに殺到。本当に1000円札を、次々と帽子の中へ入れていく観光客たち。
その光景にピンときた私は、遠くでその光景を眺めていた。後の祭りならぬ文字通りの祭りの後。一人また一人と、観客が去っていく。ほとんどいなくなり、次の大道芸人が準備をし始めた。
しばらくすると、最初の親子連れのお子さんが、大道芸が終わった後に、大道芸人と話しているじゃないか。いわゆる雪崩のきっかけは、示し合わせだったのだろうか?それともただの大ファンなのだろうか・・・?いろいろと考えてしまった。多分、そういうことなのだろう。
ただこれは個人的な予想であるが「みんながやっているから~」にやたら弱い日本人。
これもよく考えれば「勝手にパフォーマンスをしているのを、脇で見ていただけ」であって、お金を払う必要もなければ、義理もない、はずである。しかしながら、足を止めてみてしまった、楽しましてもらったと考えるのは、やはり日本人的である。
よく言われていることではあるが、改めて思うと、日本人は、自我がない様子である。操りやすいといわれるのもわかる気がする。
そして、文化に合わせることの重要性を目の当たりにしたのであった。
なお、これは日本人だけに固有の傾向ではなく、もしかしたら東南アジアの部族などでも似たような傾向があるかもしれないが、少なくとも、特に日本人に目立つ傾向ということで。