初めての発展途上国(アフリカ・タンザニア)訪問の感想【スラム/貧困/地域】


初めて発展途上国、東アフリカのタンザニアへ赴いた。アフリカはおろか、発展途上国へ赴くのはこれが初めてだった。

この渡航のきっかけは、私が所属している物理学の視点で、世界のサステナビリティ(持続可能性)の問題を解決する趣旨の側面を持つ特待生コミュニティのマネージャーから、Smart Villagesと呼ばれる発展途上国地域の発展を支援するケンブリッジ大学のNGOが主催するカンファレンスへの参加打診の根回しを受けたからであった。

配られた資料には、なにやらありがちな挿絵と共に、

  • 世界の何人にひとりは、十分な食料が無い。
  • 何人にひとりは安全な水が手に入れられない。
  • 何人にひとりは小学校へも通えない。

等と、問題が挿絵と共に数字で書かれていた。

私は世界で何が起きているかを、この目で見てみたかったから、

という個人的な興味もあったものの、

  • とりあえず行っておけば新しい話のネタにはなるだろうし。
  • まあ助成金もあるとのことで助成獲得の実績にもなるし。
  • ワールドチャリティーのプロジェクトリーダーをやらせてくれるというのもなんとなく箔も付きそうだし。
  • それにタダ旅行にもなるし。

等と、極めて打算的な理由で、こう返事し、参加打診を受けることにした。

“That’s terrible. What can I do?”

結局、前々から少し興味のあった発展途上国の水質事情を調査・浄化方法を評価するプロジェクトを立ち上げた。様々な人々の助けもあり、無事助成金を獲得し、プロジェクトを開始することとなった。紆余曲折の後、タンザニアでの現地調査をすることに落ち着き、本渡航に至った。

世界で最も貧しい国のひとつとして数えられることも多いタンザニアは、全てが想像以上だった。タンザニア典型的な発展途上国で、金を水のようにじゃぶじゃぶ使う層の人物もいれば、健康に生きるために最低限必要な安全な水すら手に入らない人々も溢れている。それを象徴するように空港や都市の中心部こそ都市として発展しているものの、都市部から車で5分も行けば、道路の舗装すらされていない地域にたどり着く。

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ダルエスサラーム上空から。中心地のみが発展していることが良くわかる。

実際に調査を行った地域は、タンザニアのダルエスサラーム郊外に位置するヴィングングティ、インフォーマル居住区。要するにスラム街。もっとも貧しい国の貧しいスラム地域ということになる。この地域は都市部からの廃棄物集積所のすぐ隣に位置し、常にゴムや腐敗物のにおいが充満し、近くの川はもちろん、人が歩く道でさえ、ごみで溢れている地域であった。

道、というよりも、「がれきとゴミと砂の上を人が歩いて固まった土地」といった感じだ。足を疲労骨折し、サポーターで固定してやっと歩けている状態の私にとっては、高くそびえたつイバラ道のように立ちはだかっていた。

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スラム街の通路。ごみと砂で溢れている。雨が降るとぬかるんで、さらに酷くなる。

この地域には、水道の蛇口こそあるものの、ただ地下水をくみ上げただけで、処理はされておらず、おまけに数メートル先には上記のごみの川がある。このような状況では病気になるのも想像に難くない。

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近くにある川。住民も川にごみを捨てるため、酷くなるばかりである。

明らかに近くの工場が、川の汚染の原因となっている場所もあった。政府の人物や記者も現地の取材に来たことがあったが、賄賂を渡して口をつぐんでもらっているそうだ。これにより、一向に好転する余地は無い。タンザニアでは警察等の公的な職業の人ですら、賄賂目当てで捜査をしているくらいである。こんなではよくなるものもよくならない。

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川の色が工業用水で青くにごっている。異臭がした。

ゴミだけでなく、マラリアを持つハマダラ蚊が飛び交い、至る所にハエがたかっている。彼らが料理をしているところにもハエがたかっているのは言うまでもない。スラム地域の市場では、肉や魚にハエがたかり、一見すると色が黒く見えるほどだ。

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洗濯ヒモにとまるハエ。どこへ行っても多すぎる。

元々虫があまり得意ではない私は、このハエに悩まされることとなった。水質調査実験中にも何度も囲まれ、集中力が削がれた。見ているだけで体中が痒くなり、湿疹ができた。何度も夢に出てきては眠れない夜が続いた。

この地域には、かなりの数の5歳以下だと思われる子供の割合が非常に高かった。しかし、大人の数はそこまで多くない。大きくなる前に命を落としているようだ。学校に通っていると思われる子供も少数いた。しかしながら彼らが学校で学んでいるという英語で”How are you? What is MY name?”としきりに話しかけてきていることからも察せるように、教育環境も決して良くはないことが分かるだろう。それでも彼らは、一生懸命で、外国人を見かけたら英語の練習をするために話しかけてきてきた。

私たちが居住していた地域は、そこまでではなかったが、それでも道路は舗装されておらず、砂で空気はどことなく黄色。シャワーは水のみでお湯は出ず、暑いのにクーラーはない。停電も頻繁に起きた。洗濯も頻繁にはできないため、同じ靴下を何日も履く羽目になった。

道を歩いていると10メートルおきくらいには「チーナ(中国人)!」「チーナ(中国人)!」や「ズング(白い人)!」と、ひたすら浴びせられることとなった。反応しないとおそらくスワヒリ語で罵倒されていた。木の枝やペットボトルを投げつけられさえした。

見ず知らずの人に野次を飛ばしたり罵倒をしてはいけないという最低限の教育を受ける機会も無かったのだろう。

丁度タンザニアに来る1週間前、あるディナーに参加した際には、メルセデスベンツでお迎えがきた。「こんなお迎えが来るくらいには、自分も少しは実力がついてきたのかな?」と、少し気分が良くなっていた。

理由はどうであれ、この直後の度重なる罵倒は非常に応えるものがあり、扱いの落差にも相当心に響いた。

偶然か、運命のいたずらか、このディナーは私がこのプロジェクトを担当し、タンザニアに来るきっかけとなった上記コミュニティの出資者とのディナーであった。

私は、日本や今までに渡航、居住した都市が、如何に恵まれていたかを、まざまざと思い知らされた。そして恵まれた地域にだけ赴き、世界を少しは理解した気になっていた。

今までに壊れている以外で、水道をひねって水が出てくることをありがたがったことはない。その水が大腸菌で汚染されているなど考えたこともなかった。落雷などのよっぽどの事故が原因の停電以外で電気が来ないことも思いつかない。

思えば、日本では家から徒歩数分のところにファミリーマートもあり24時間必要なものはおおむね手に入った。もちろん、ごみの悪臭などしない。ハエもたかっていない。アマゾンで購入ボタンをクリックすれば、次の日にはほぼ確実に届いていた。罵倒してごみを投げつけてくる人なんていない。

ケンブリッジでも似たようなものだ。コンビニはないが、近くにはSainsbury’sというスーパーマーケットチェーンがあり、必要なものは大体揃う。仮に無くてもアマゾンは有効だ。水も電気も通っているし、もちろん食材にも虫もたかっていなければ、異臭もしない。その他にもドイツ、フランス、モナコ、スイス、オーストリア、イタリア、ベルギー、オランダ、アメリカ、香港など先進国に分類される国には何度も行ったが、似たようなものであった。

加えて教育環境という意味での「学校」としてのケンブリッジの環境は素晴らしいものだ。生徒や教員のレベルもおそらく世界最高峰で刺激になるし、その他にも世界中から各分野のトップや政府や産業界の重要人物もやってきて、直々に講演を聞いたり、共に働く機会まである。それでも環境に慣れてきてしまっていた私は、それらを当たり前に思い、最近は講演などにも、以前ほどは足を運ばなくなっていた。

そんな恵まれた環境に身をおいていながら、私は生まれてから何も達成していない。社会に還元なんて言うまでもなくできていない。どうにかしなければ、とは思うものの、少しでもどうにかできる力がない。

世界を見に来たはずなのに、皮肉にもはるばるアフリカにまで来て、自分自身の不甲斐なさを見せつけられることとなった。

滞在中、何度も涙が出た。

自己中心的に考えれば、何もこんな思いをし続ける必要は無く、もう今後二度と発展途上国には行かずに、貧困を始めとする国際的な問題は、「他人事」として見てみぬフリをして生きていくことはできるだろう。

自分の専門は国際協力や貧困問題の解決ではない、などと理論武装し正当化することすらできるかもしれない。

しかし、私は少なからず、心のどこかで責任と使命を感じてしまった。何かの間違いとはいえ、ワールドクラスの環境にたどり着いてしまっている以上、世界レベルの問題を見てみぬフリをし、目を背けることを、おそらく期待はされていないだろう。

次世代を担わなければならないのは、他ならぬ私たちである。少しでも世界の問題を解決しなければ、より大きくなってしまうであろう「負の遺産」を、次の世代へ相続し続けさせてしまうことになる。そして現在の環境と立場上、率先して解決できるくらいでなければ、申し訳ないだろう。

現在は私には何の力も無いが、恵まれた環境を生かして、いつかは、どんな形であれ、世界レベルの問題解決に少しでも役立てるような力をつける決意を新たにした。

その付けた力を、自らの私利私欲のためではなく、世界をより良い方向へ持っていくために、正しく使いこなせる高い倫理観を兼ね備えた人間になれるよう一層精進していきたい。

そのためにも「百聞は一見に如かず」というように、教科書の数字ではなく自らの目で確認し、改めて感じた純粋に心のこもった次のひとことを、いつまでも心の片隅に留めておきたい。

“That’s Terrible. What can I do?”

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