スポーツマンシップについて思うこと【意味/使い方/のっとり/オリンピック】


現在絶賛開幕中のオリンピック2016リオデジャネイロ大会。本ブログにも「オリンピック マイナー競技」等でたどり着かれている方も多いです。メダルの数を数えたり、各国で競っている様子が見られます。体操や柔道で日本もメダルを数多く獲得しています。その中で、競技の結果以外でも記者会見などで話題になっていることもあります。

体操

「審判も個人のフィーリングは持っているだろうが、スコアに対してはフェアで神聖なもの。航平さんはキャリアの中でいつも高い得点をとっている。それは無駄な質問だ」と言い放った。

f:id:HajimeShinohara:20160812155717p:plain

feely.jp

内村航平記者会見 体操メダリスト3人の記者会見

両方ともに、勝った方にスポットが上がっている。確かに競技としては勝者にスポットが当たるのは常である。しかし、どちらの場合も、敗者側の配慮にもっと注目してもいいのではないか、と感じてしまった。

素直に負けを認めるのは、相当に難しい。特にそれに懸けて常に取り組んでいた場合はなおさらだろう。

仮にこれが、「(審議はどうであるとしても)誤審だ!」「やり直せ!」と選手が言っていては大会自体の雰囲気台無しであろう。

テニス

テニスの方も錦織選手のスーパープレイのように言われているが、(日本人ならなおさらでしょう)、これもよく見ると、語られてはいないので、相手が緩く返しているようにも見える。

Incredible moment Nishikori drops the racket and still wins Rio Olympics 2016

テニスだとこちらも有名でしょう。相手のサーブが審判でアウトになったのに対し、異議を求めて判定が覆った話。

www.theguardian.com

確かに競技者である以上、勝利を求めるのは絶対に必要でしょう。しかしながら、勝利以上に大事なことは、こういう「スポーツマンシップ」と言われるメンタリティなのでは、と再度確認させられた。

私もオリンピックメダリストには遠く及ばないものの、1アスリートとして、このメンタリティは決して忘れてはいけないのでしょう。

少なくとも私が思うには、勝ちたいのはやまやまだとしても、誤審などによってこれで勝っても、心から勝った、とは喜べないでしょうから、この方がいいんでしょうね。

「良き敗者になれない者は、立派な勝者になることはできない」

「良き敗者になれない者は、立派な勝者になることはできない」 | Kousyoublog

という言葉もありますから、勝つためには、素直に心から負けることも大事なのではないでしょうか。

ちょっと追加で考察

もちろん本心で上記のように思うのが良いのは間違いないでしょう。しかしながら、仮に打算的であったとしてもこのように負けを認めるほうがいいのではないでしょうか?

例えば選手としては、大会で勝てば短期的にはいい結果を収めることができます。しかしながら、その際に醜態をさらした場合には、特に大きい大会の場合には、世界中のファンから見放されるなどの波紋を広げることになるかもしれません。そうすれば次回以降で戦いにくくなるのは間違いないでしょう。さらに引退後も風当たりが強くなるかもしれません

上記のようなプロアスリートでもおきそうですが、競技以外のことをやっているアスリート以外では、もっと顕著に現れる。

接待とは言わないまでも、スポーツやゲームをやっていてインチキをするような人と、ビジネスなどでも良好な関係を築きたいと思う人は、正直にやってくるプレイヤーと比べて減るのは明らかでしょう。「なんかこの人、人として関わりたくないな」と思われる可能性も上がるでしょう。

最初は打算的にやっていても、途中からはそれが本心になっていることも増えそうです。上記のようなトップ選手を見習って、礼儀正しい人々が増えていくと、世の中は住みやすくなりそうですね。

シェア

関連記事